短編・影の童

私はこう見えても、れっきとした日本人。
生まれつきの金髪で、ハーフに間違われることが多い。
髪をハデに染めてると思われたりね。だけど、いたって善良な女子高生ですよ。
肩に触れない高さのオカッパに、前髪は目にかからないようにピンでとめている。
スカート丈もしっかり校則を守ってるのに、いっつも生活指導の先生に睨まれたっけ。
父さんも母さんも純粋な日本人、髪の毛だって黒い。
ただ、母方の血筋では時々、私みたいな子供が生まれるのだそうだ。
父方の親戚には、気味悪がられた。
私も学校に通うようになって、思ったけれどね。
「みんな、真っ黒いんだなぁ」って。
違う、というだけで、イジメられたりもした。
誰も好き好んでこんな髪になったわけじゃないけど……。
ま、仕方ない。
いくら茶髪の人が増えてきた世の中とはいえ、さすがにここまでの金髪だと、目立っちゃうのは確かだからね。
顔はどうあがいても日本人だしさ。トホホ。


      *


──で、今日は転校初日。
母さんの田舎に引っ越してきてから、初めての登校日。
ド田舎ってわけじゃないけど、それまで都会暮らしだった私は、引っ越してからショックなことが多かった。
電車が、一日に数本、鈍行しか停まらなかったり。
テレビのチャンネルが妙に少なかったり。
本屋らしい本屋もなかったり。
すぐ側に海があるのは、ちょとイイナって思うけどね。
どうしてココに引っ越してきたか……。ま、それはいわゆる大人の事情、ってやつ。
苗字が母親姓に変わってから数日。まだちょっと慣れない。
──御子神(みこがみ)あかり。
それが、私の新しい名前。
巷によく溢れてる苗字から華麗なる転身。つか、ちょっと仰々しい!
母さんの実家は、その名を裏切ることなく神社だったりする。
若い頃は母さんも、神主の爺ちゃんを手伝って、巫女さんをやったりしてたらしい。
さすがに金髪の私に巫女さんは無理だろう、と思ったけど、そういうわけでもないみたい。
何でも、「御子神家」に金髪の子が生まれるのは、神様の恩恵を受けた証と言われていて、つまり、とっても「めでたいこと」なんだって。
土地が変われば人も変わるもので、ここの学校の先生は、私の苗字を見ただけで、私の髪のことは納得したようだった。
さっきも道行くお婆ちゃんに拝まれちゃったりして。いや〜、睨まれることはあっても、そういうのって慣れてないから、むず痒いね。なははははは。
は……。
ん?
……あれ。ここ、どこだろう。


私は、いつの間にか道に迷っていた。
この方向音痴っぷりは、自分でも嫌になる。もしご町内で「道に迷うコンテスト」でもあろうものなら、上位入賞間違いなしという感じだ
嬉しくないっ。
土地勘のない場所で迷子になるって、本当に怖い。
さっきの場所に引き返したつもりが、全く違う場所だったり。
ひと気のない三叉路の反射鏡に映った自分の姿に「ビクッ」としたりね。
私は汗だくになりながら、坂道をひたすら登っていた。
神社は山側にあったし、小高い場所まで行けば辺りが見渡せるかなって思ったんだけど、延々と続く灰色っぽい壁に阻まれて、今のところそれも叶わなかった。
さっきまで晴れていたはずの空も、いつの間にかどんよりと曇っている。この上、雨まで降ったら、私は泣くぞ!
ああ、私はこのまま死ぬのかしら。
……んなわきゃない。と、自己ツッコミ。
でも、とりあえず休憩。私は急勾配の道の上で腰を下ろそうとした。
喉がカラカラ。ああ、こんな時に自販機があればなぁ。
そう思いながら周囲を見渡すと、坂の上に、小学校に入るか入らないかくらいの男の子が一人立っていた。
しばらく人とすれ違ってもいなかった私の目は輝いた。ダメ元で声をかけてみる。
「ぼく、この辺に神社ないかな?」
返事がない。聞こえなかったのかな。
それとも、『神社』の意味がわからないとか。ありうる。
ここはむしろ、お母さんの居場所を聞いた方が早いかも。
「ねー、ぼくー。ママはどこにいるのかなー?」
私は、さっきよりも声のボリュームを上げて呼んだ。
ようやく男の子はこっちを向いた。
……ん?
何か違和感……。
私は、その違和感の正体に気がついた瞬間、凍りついた。
男の子はとてもつぶらな瞳をしていた。
つぶらっていうか、白目がない。
白目っていうか、黒目もない。
目ン玉があるべきところに、何もない。ただ、二つの窪みは暗闇に満たされていた。
無表情だった男の子が「ニィ〜」と笑う。
おいおい、笑いすぎ。もう、口が耳まで裂けちゃって……。
…………。


ギャ────ッ!


私は、ものすごい勢いで逃げ出した。
運動が苦手な私だけど、下り坂だったのもあって、この時ばかりはすごいタイムレコードだったに違いない。
股関節ゴキゴキ言ってたし。顔のデッサンもちょっと狂ってたと思うし。
でも、見覚えのある三叉路に来たとき、ちょっと思ったんだ。
これって夢じゃないかって。
もしくは気のせい、気の迷い。道に迷って不安だったし、そういう気持ちが幻を生むと聞いたことがある。きっとそうだっ。
そう思いながらも、ちょっと怖い。私はそっと、三叉路の反射鏡を覗き見た。
あの子供の姿はないようだった。
……ははっ、やっぱりね。私は笑顔で振り返った。
そこには確かに子供の姿はなかった。
その代わり、別の何かがドッと坂の向こうから沸いた。
それは、長〜い手のようなもの。妙に青白いソレは、何十本、何百本という束になって、道を流れてきた。


ギエ────ッ!


回れ右で猛ダッシュ。夢なら覚めてェ〜!
坂を駆け下りると、海が見えてきた。まっすぐ向こうに踏み切りがチラついている。
その向こうに学ランを着た男の子がいた。身長からして、中学生くらいのようだ。
「……た」
助けて、と言おうとして思いとどまった。
ぶっちゃけ、中学生に助けを求めたからって、アレを何とかできるわけないよね。
むしろ巻き添えを食らわないよう、非難するように呼びかけた方がいい。
おおっ、妙に冷静だ、私っ。自画自賛
と、ここまで考えるのに約2秒。そして、私は「逃げて」と言おうとした。
「に」
ゴォ──ッ!
ガタゴトンガタゴトン、プァーン。
目の前を特急が通り過ぎた。
私の声が聞こえるはずもない。
……ううっ。
だけど、落ち込んでる暇などなかった。
私の左足首を『何か』が掴む。
その『何か』は冷たくて、ちょっと湿り気が多くて……。
ヒィ────ッ!
次に右足首、左手首、そして右手首。次々と白い手に掴まれた。
そしてとうとう、首とお腹にギュルギュルと軟体動物のような白い手が巻きついた。
至近距離で見ると、腕はにょろっとしているのに、手だけはオシロイ塗った人間みたい。それがまた不気味さをかもし出していた。
私は徐々に、山の方へと引きずられていく。
────ッ!
もはや悲鳴のバリエーションも尽きて、声にならない。
こんな目に遭うなら、父さんに嫌がられても向こうに残れば良かった。アッチには一応友達いたしさ。みんな、元気にしてるかなぁ。でも、母さんにこれ以上悲しい思いはさせたくなかったし。爺ちゃんもすごく優しくしてくれるしさ……。
……って、これが噂の走馬灯ッ?
このままだと、死んだ婆ちゃんが手招きしちゃう。
マジやばい!
私は目をクワッと見開いた。
道の向こうで、ちょうど踏み切りが上がった。
ほぼ同時に、黒い人影が飛んでくる。
文字通りそれは、『飛んで』きた。そして、本当に『真っ黒』だった。
その真っ黒な人影は口を開く。真っ黒だったのに、それだけはわかった。
何故なら、私に巻きついていた白い手をぱくっと食べたからだ。
そして、まるでソウメンのように啜った。
チュル〜。
チュルチュルチュル〜。
チュルルルル〜、チュポン!
…………。
白い手は全部、その黒い人のお腹(?)の中に納まった。
黒い人がこっちを見た、気がした。
バタッ。
私は気を失った。


      *


「大丈夫ですか?」
礼儀正しそうな男の子の声で、私は気がついた。
ハッと目を覚ますと、学ランのボタンが目に入る。
「わぁっ!」
慌てて跳ね起きる。
私の側にいた男の子が、ビックリした目でこっちを見た。
……目、ちゃんとある、よね。
空洞でも真っ白でも真っ黒でもなく、ちゃんと目玉と鼻と口がある。その男の子は人間、のように見えた。
「夢、だったのかな……」
まだぼんやりとしながら、鞄を探す。
そういえば、鞄……坂のかなり上の方で放り投げた気がする。
「もしかして、これ探してます?」
男の子が鞄を差し出した。確かにそれは私の鞄だった。
「あ、ありがとう……」
やっぱり夢、なのか。
私がそう思った瞬間、自分の手首に強く握られたような痕を見つけた。
途端に嫌な汗がブワーッと吹き出る。
御子神さんのとこの娘さん、ですよね?」
男の子がそう言った。何で知ってるんだろう。あ、金髪だから噂になってるとか。茶髪の子すら、あまり見かけないし。
「この辺、ちょっと迷いやすいんですよ」
そう言って、男の子はふらつく私の手を引っ張りながら線路を渡った。
いつの間にか、暗い雲は消え、茜色の空が広がっていた。海に夕陽が反射して、とても眩しい。
「もう1本隣の道を登っていけば、神社に出ますから」
男の子は、何となく見覚えのある道を指して教えてくれた。
「気をつけてくださいね」
そう言うと、男の子はにっこり笑った。
「巫女さんは美味しいらしいので。……特に、金色のは」
──え?
私が怪訝そうな顔をすると、男の子は「何?」って表情でこちらを見た。
わ、私の聞き間違いか。
御子神と巫女って紛らわしいしね。あはっ、あははっ。
そして、私は男の子に何度も頭を下げて、家路についたんだ。
──猛ダッシュで。


お題もの書き:逃げる
http://www.cre.ne.jp/writing/event/2006/nigeru.html